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アイドルの自殺と松本人志の「死んだら負け」発言について

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愛媛県を拠点に活動する農業アイドル「愛の葉Girls」のメンバーだった大本萌景さん(16=当時)が所属会社「Hプロジェクト」のパワハラや過酷な労働環境で精神的に追い詰められたことが原因で自殺したとされる問題が話題になっている。

記事のテーマである「自殺」については状況や環境の問題から正解や不正解がないので正直書くかどうか悩んだのだが色々と思うことがあるので書かせてもらうことにする。

今回は「命」の部分について。

人間の命に価値はない

まず話の前提として俺(チキン・ソテージョージ)は「死にたい人は自殺すればいいじゃないの?」といつも思っている。

生きるのも自由。死ぬのも自由。人間の命に価値があるなんて人間が勝手に思い込んでいるだけで価値なんてない。

親族や関係者は悲しいと思うが地方のアイドルが死んだニュースなんて来年には世間は覚えていない。他人への感心なんて結局はそんなものだ。

このようなことを言うと必ず「冷たい」とか「自殺する人は他人が考えられないほど辛い」とか言い出す奴らが出てくるのだが、生きるのは誰もが「辛い」のだ。

今回の件は若くて可愛い女の子が自ら命を絶ったことで話題になっているが、自殺する人間なんて毎日のように湧いて出てくるわけで俺は可哀想などまったく思わない。それは子供であっても女であっても同じだ。

松本人志「死んだら負け」の真意とは

ここでダウンタウンの松本人志さんが10月14日にテレビ番組で発言した言葉に注目してみると、

自殺者が出てこういうニュースをあつかう時に、なかなか亡くなった人を責めづらい、責めれないよね。ついついかばってしまいがちなんだけど、僕はやっぱり『死んだら負けや』っていうことをもっとみんなが言わないと。死んだらみんながかばってくれるっていうこの風潮がすごく嫌なんです。

俺は完全に同意だ。

自殺した人間は「可哀想な人」なのではなく「逃げたダサい奴」ということが何故分からないのか。

「死んだら負け」ということについては勝ち負けじゃないとか言っている奴らがいるのだがそういう捉え方しかできない奴は本当にアホ。

どれだけ辛くても死んだら負けだ。そこで終わりだからだ。

これは親が自分の子供に命について教育する上で非常に大事な言葉だと思う。

今回の件は辛い事があったら死んでしまうような教育しかできなかった保護者にも問題があると思っている。

子を持つ親こそ「死んだら負け」の意味を分かってもらいたい。

周りが裁判を起こして議論して今更場外乱闘したところで本人はもうこの世にいない。死んだ時点でこの話の本当に大事な部分は終わったのだ。

まとめ

これは俺の持論なのだが簡単に自殺するような人間がいる限り簡単に人を殺す人間がいなくなることはないと思っている。

「自分は辛いから自殺しよう」という考えは「あいつはムカつくから殺してしまおう」と思う思考に似ている気がするからだ。

俺も君もその命に価値なんてない。「死にたい人は自殺すればいいじゃないの?」

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